はじめに、結論から申し上げます。
青色事業専従者給与は、原則として年の途中であっても変更(増額・減額)が可能です。
しかし、単に「給料を上げたいから上げる」というどんぶり勘定では、後々税務調査で否認されるリスクがあります。そこには明確な「ルール」と「越えてはいけない一線」が存在するからです。
「今年の業績が良いので、妻の給料を上げて節税したい」
「資金繰りが厳しいので、一時的に夫の給料を下げたい」
「インフレ手当としてボーナスを支給したい」
このような経営判断は、個人事業主であれば当然起こりうることです。しかし、その変更が「届出書の範囲内」なのか、それとも「変更届出書が必要なケース」なのかによって、踏むべき手続きは全く異なります。
この記事では、より実践的な内容に絞って、青色事業専従者給与の期中変更に関するルール、具体的な手続き、そして税務調査で指摘されやすい「適正額(相当性)」の考え方を、法令に基づき解説します。読み終える頃には、あなたの事業所の給与設定が税務上安全かどうか、自身で判断できるようになるはずです。
第1章 青色事業専従者給与の基本ルールと「届出」の法的意味
まず、実務上の変更手続きを理解するために、大前提となる法令上の枠組みを整理しましょう。ここを飛ばすと、なぜ「変更届」が必要なのか、その本質が見えなくなります。
1-1. 原則は「親族への給与は経費にならない」
所得税法では、生計を一にする親族への給与は、原則として必要経費になりません。財布が同じ家族間でお金を移動させて経費を作ることができれば、容易に租税回避ができてしまうからです。
しかし、青色申告者には特典があります。「事業に専ら従事している」などの一定の要件を満たし、かつ「事前に税務署へ届け出た金額の範囲内」であれば、特別に必要経費として認めるという特例です。
つまり、青色事業専従者給与とは「無条件に認められる権利」ではなく、「事前に約束した範囲内でのみ認められる特例措置」なのです。この「事前の約束」こそが、皆さんが提出している「青色事業専従者給与に関する届出書」です。
1-2. 「届出書に記載した金額」の法令上の意味
税務署は、届出書に記載した金額を「固定額」ではなく「上限枠(マックスの金額)」として捉えます。
したがって、実務上の判断基準は以下の非常にシンプルな図式になります。
| 変更の内容 | 手続きの必要性 | 判断基準 |
|---|---|---|
| 届出額の「範囲内」での変更 | 手続不要 | そのまま変更可能 |
| 届出額を「超える」変更 | 手続必要 | 「変更届出書」の提出が必要 |
| 支給方法の変更(月給→日給等) | 手続必要 | 「変更届出書」の提出が必要 |
第2章 【ケース1】届出済みの「範囲内」で変更する場合(手続不要)
最も多いのがこのパターンです。例えば、開業時に「月額30万円」と届け出ていたが、実際には資金繰りの関係で「20万円」しか払っていなかったとします。今期から業績が回復したので、「25万円」に増額したいというケースです。
この場合、変更後の金額(25万円)は、当初届け出た上限額(30万円)の範囲内に収まっています。したがって、税務署への新たな手続きは一切不要です。今日からでも支給額を変更して構いません。
逆に、業績悪化などで給与を減額する場合も同様です。手続き不要とはいえ、税務調査対策として社内的な記録は必要です。賃金台帳や給与明細の備考欄、あるいは簡単な「給与改定通知書」などで、増減の理由を記録として残しておくことを強く推奨します。
第3章 【ケース2】届出額を「超えて」増額する場合(変更届出が必要)
次に、届出額の上限を突破したいケースです。例えば、「月額30万円」で届け出ていたが、仕事の責任が増えたので「月額40万円」に上げたい場合などが該当します。
3-1. 届出期限の考え方:「新規」と「変更」は全く別物
まず、届出の「期限」について混同しないよう整理します。
- 新規の届出:新たに専従者給与の適用を受ける場合。原則、その年の3月15日までに提出が必要。非常に厳格です。
- 変更届出:既に届出済みの内容を変更する場合。提出期限は「遅滞なく」とされています。
ここでいう「遅滞なく」とは、「正当な理由や合理的な理由がない限り、直ちに」という意味の法律用語です。税務実務上は「変更後の給与を最初に支給する日まで」に提出するのが、最も安全かつ確実な解釈となります。事後提出が認められる余地はほとんどないと考えてください。
3-2. 「青色事業専従者給与に関する変更届出書」の書き方(記入例つき)
上限を超える場合、「青色事業専従者給与に関する変更届出書」を所轄税務署に提出しなければ、超えた部分は必要経費として認められません。
この届出書は、新規届出と同じ様式を使い、「変更届出書」の文字を〇で囲んで提出します。特に重要なのが「変更の理由」欄です。利益調整を疑われないよう、客観的な事実を具体的に記載する必要があります。
変更理由の記入例
良い例(客観的で具体的):
令和7年1月より、従来の経理・総務業務に加え、新規Webサイトの運営管理及びSNSマーケティング業務(週10時間程度)を追加で担当することになったため。業務量の増加と責任の増大に伴い、給与基準を改定する。
悪い例(主観的で曖昧):
- 事業が好調なため
- 本人の頑張りに報いるため
- 物価が高くなったから
上記のように、「誰が見ても給与アップが妥当だ」と納得できる理由を記載することが重要です。
第4章 最も危険なリスク「相当性(適正額)」の壁
「届出書さえ出せば、いくらでも経費にできる」わけではありません。青色事業専従者給与には、「労務の対価として相当か」という、もう一つの強大なハードルが存在します。
4-1. 「相当性」の判断基準
税務調査において、調査官は以下の要素を総合的に見て「高すぎないか?」を判定します。
- 労務の内容と従事の程度:勤務実態はどうか?専門的な業務か?
- 他の使用人とのバランス:同じ仕事をしている他人と比べて給与はどうか?
- 同業他社の水準:同規模の同業者の賃金水準と比べてどうか?
- 事業規模と収益状況:売上や利益に見合った給与か?
4-2. 具体例で見る「相当性」のボーダーライン
文章だけでは分かりにくいため、具体的な金額例でリスク度合いを見てみましょう。
| 事業内容 | 売上規模 | 専従者の業務 | 支給額(月額) | 税務署の判断リスク |
|---|---|---|---|---|
| 飲食店 | 年商1,500万円 | 接客・調理補助(週5日、8時間) | 30万円 | 低い(社会通念の範囲内) |
| Webデザイン | 年商800万円 | 経理・事務・電話応対(週3日、5時間) | 35万円 | 非常に高い(事業主の所得を超え、業務内容に見合わない) |
| コンサル業 | 年商3,000万円 | 専門知識を要する資料作成・営業同行 | 60万円 | 中程度(貢献度を証明する資料が必要) |
| 小売店 | 年商500万円 | 簡単な店番・清掃(不定期) | 20万円 | 高い(赤字の要因であり、勤務実態が不明確) |
重要なのは「第三者の従業員に同じ給料を払えるか?」という視点です。例えば、事務職の全国平均年収が300万円台であることを考えると、特別なスキルがないのに年収600万円を支払うのは、相当性を説明するのが困難になります。
第5章 賞与(ボーナス)を新設・変更する場合の注意点
給与と並んで質問が多いのが「ボーナス」です。賞与のルールは月給より厳格です。
- 届出書に記載がなければ1円も経費にできない:過去の届出書に「賞与」の記載(支給時期・金額)がなければ、たとえ月給の枠が余っていても賞与は経費にできません。
- 新設・増額には「変更届出書」が必須:「遅滞なく(支給日までに)」提出が必要です。
- 支給時期も厳守:届出書に「7月・12月」と記載したなら、その時期に支給する必要があります。
- 他の従業員と比較して過大ではない必要があります。
必ず届出書に金額、時期を記載し、その範囲内で支給する必要があります。
第6章 戦略的給与設定:扶養控除の罠
給与額を決める際は、税金だけでなく社会保険まで含めた「世帯の手取り額」で考えることが極めて重要です。
6-1. 扶養控除の喪失(103万円の壁は無関係)
まず大前提として、青色事業専従者になった時点で、その年の給与額がたとえ1円であっても、事業主は配偶者控除や扶養控除(38万円等)を受けられなくなります。
「103万円以下なら扶養に入れる」というのは、全くの誤解です。
第7章 まとめ:安全な変更のための最終チェックリスト
- [確認] 変更後の金額は、届出書の上限額の範囲内か?(範囲外なら支給日までに変更届を提出)
- [客観視] その金額は、第三者の従業員に払える金額か?事業規模に見合っているか?
- [記録] なぜ給与を変更したのか、客観的な理由を文書で残したか?
迷ったら専門家へ相談を
青色事業専従者給与は、家族経営の個人事業主にとって最大の節税ツールですが、同時に税務調査で最も狙われやすいポイントでもあります。「これくらいなら大丈夫だろう」という自己判断は禁物です。特に、相当性の判断や社会保険の壁が絡む場合は、実行に移す前にお近くの税理士に相談することをお勧めします。
参考リンク
タックスアンサー No.2075「青色事業専従者給与と事業専従者控除」
※本記事は2025年12月11日時点の法令等に基づき作成しています。個別の事情により税務判断が異なる場合がありますので、具体的な税務処理にあたっては税理士等の専門家にご相談ください。

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